LOT.077
梅原 龍三郎〈1888-1986〉
薔薇
〈作品について〉
華麗な色彩と豪快闊達な表現によって唯一無二の美を創りだし、日本洋画の歴史に大きな足跡を残した梅原龍三郎は、薔薇を題材に多くの名品を描いた。梅原は薔薇をほかの花とちがって非常に光を感ずると評し、さらには尊敬する師ルノワールも愛した花でもあり、画家にとって特別な存在であったことは想像に難くない。まさしくそのモチーフを描いた今回出品作は、画家の魅力を味わえる逸品である。
本作に描かれる薔薇は、色とりどりの花が束となって花瓶にいけられ、その周りには花瓶からあふれてこぼれたように花が散らばり、梅原らしい豪奢かつ奔放な佇まいを見せる。花弁は迷いのない筆づかいでおおらかに力強く表し、花瓶は渦を巻くようにして彩色され、イニシャルで記した画家のサインも薔薇の花びらと見まちがいそうになるほどに自由な筆致で、それらは「自分は感興の赴くまま、勢いに乗って仕事をすすめてゆく」と語った画家の姿勢を雄弁にものがたる。
本作は、薔薇のたっぷりとした量感とみずみずしい美しさとともに、心から楽しんで絵を描く画家の姿を存分に伝えるだろう。
京都の染呉服屋に生まれた梅原は、幼い頃から宗達や光琳といった伝統美術に親しみ、長じて画家を志すと、明治の世では未知の新しい分野であった洋画に惹かれて、当時画壇の第一人者であった浅井忠の下で油絵の研鑽を積む。
そして1908 年にフランスに渡り、パリに着いた翌日にルノワールの絵を見て「此の画こそ私が求めて居た、夢見て居た、そして自分が成したい画である」と感銘を受ける。半年後にはこの印象派の巨匠をじかに訪ねて教えを乞い、ルノワールもまた豊かな色彩をもつ梅原の作品に感嘆して、その才能を天性の賜物と称賛した。梅原の色彩に対する感性は、幼少期から華やかな友禅染や琳派に触れて育まれたものでもあり、フランスから帰国した後には、ルノワールから薫陶を受けた豊潤な油彩画に、なじみぶかい日本の伝統美を融合させる、独自の画風を確立することを目指す。
梅原が終始一貫して追い求めていたのは、絵画を通じて「Joie de vivre(生の歓び)」を表現することであった。同じ思いをルノワールの描く豊麗な世界に直観的に感じ、日本絵画のなかでも絢爛な桃山美術がもつ新鮮な美しさに共感した梅原は、絵画のモチーフについても生命力を感じさせるものを選んだ。たとえば風景ならば、北ではなく南の明るく温かい地方を、山ならば雄大で、できることなら煙や火を噴く火山を描き、人物像は健康的で生き生きとしており、花は薔薇など華麗なものを好み、さらに美しい色絵の壺にいけた姿で表す。そうして花開かせた、輝くような色彩と大胆な筆触が織りなす華麗な画風は、西洋の模倣ではない、日本の文化に根差した油絵の創造を告げるものであり、梅原は文化勲章を受章するなど、昭和期の洋画を代表する巨匠としての地位を築いた。
画家の円熟した画境を明らかにする今回出品作は、咲きほこる薔薇の生命感に心酔して奔放に筆を運ぶ喜びを余すことなく伝える1 作である。